不連続の連続。変わるべきものとそうでないもの。

久保田陽彦
株式会社豊島屋
代表取締役社長

慶應義塾大学出身。銀行勤務を経て、1987年に家業である豊島屋に入社。鳩サブレーの工場からはじまり、十数年間は製造の現場に身を置く。1998年に本店・本社の建て替えにあわせ本店長に就任。2008年に代表取締役社長に就任。

こだわりとその正体

今回はお忙しい中お時間をいただきありがとうございます。ITとお菓子という異なる業界でそれぞれ代表を務められているお二人の間には、同級生というつながりがあるそうですね。今回は、お二方で自由にお話しいただければと思います。

久保田:こうして会うのは久しぶりですが、昔からの仲だと久々に会っても昨日会っていたような感じがしますね。

池田:本当にそうですね。同級生の中には色々な業界で活躍している人がいますが、今回はお菓子とITという全く異なる業界だからこそ、新しい気づきや面白い話が伺えるのではないかと思い、声をかけさせてもらいました。

久保田:ITとお菓子、確かに不思議な組み合わせですね。先にお菓子の話からさせていただくと、日本においては和菓子と洋菓子でその出来方、作り方が違うように感じています。単的に言うと店と個人の違いかもしれません。

池田:それはどういうことでしょうか。

久保田:和菓子も職人はいますが、パティシエ(個人)のお菓子に比べて店主と相談して作る過程があるので、個人のものではありません。しかしだからこそ、世代交代してもそこの和菓子は変わらずに引き継いでいけるのだと私は思います。

池田:なるほど。和菓子にはその家のレシピがあるということですね。

久保田:我々の業界では、そのレシピを“わり”と言います。材料の割合のことで、鳩サブレーも私の曽祖父の頃から変えずに守っています。ただ一方で、私はもっと鳩サブレーを美味しくできると考えています。小麦も卵も、加工されていない素材は同じブランドでも夏と冬で全く異なるように、もっと美味しくするためには今の原料で満足してはいけないと思っています。

私は「こだわる」という言葉があまり好きではありません。第三者が「こだわってますね」と言うのは構いませんが、作り手がこだわるという言葉を使うとそこで満足してしまう気がするからです。我々にとってこだわる=より美味しいものを作ることですから、それは当たり前の話であって、その姿勢を言葉ひとつで誤魔化しちゃいけないと思っています。

池田:改めて聞くと、大変なことをやっていますよね。同じ割合で材料の名前も一緒だけど、卵をどこで買うかで全く別物になるし、季節によってもばらつきがでる。それを120年以上ずっと続けてきたというのはすごいことですね。

久保田:ありがとうございます。今も色々と試行錯誤しています。

池田:和菓子には長い歴史があり、その中で先程のレシピのような伝統が生まれ、後世に続いてきたのだと思います。その点、ITはまだ伝統が生まれるほどの歴史を持っていないし、業界の性格的にも常に革新を追い求める傾向にあります。

久保田:私は、結局伝統も革新の連続なのではないかと思いますね。革新が起こることで伝統が続くわけですから、IT業界もあと100年もすれば伝統と言われるはずです。そうなると今後は歴史の長短に関わらず、“変えて良いもの”と“変えてはならないもの”をはっきり分けていくようになっていくのではないでしょうか。

池田:なるほど。そう考えるとお客様や製品に対する考え方や向き合い方はひとつの哲学みたいなもので、変えてはならないものかもしれませんね。一貫した軸の下で、時代やトレンドに合わせて手段や方法論を変えながら哲学を守っていくというのはどこの業界も同じだと思います。

久保田:そうですね。私は、「不連続の連続」という言葉をよく使います。同じことをやっているけれど、その方法は常に変化していて、つまりその繰り返しです。最近の話でいうと、我々は和菓子も洋菓子も両方手掛けていますがお店を分けたんです。
なぜかというと暦には洋と和がありますが、洋の暦は例えばクリスマスとか、イベントとしての影響力が強いのです。和が食べられてしまうほどに。でも我々は、ひな祭りとか節分とか七夕とか日本の暦のものも大事にしたいので、和菓子で洋の暦に関わるものは作らないことにしたんです。そこに固執してはいけないけれど、守るためには変化を与えることは必要だと思います。

軸をどこに置くか

池田:お客様が何を望まれているのかというのは常に考えなくてはいけませんが、一方で作り手としてこういうものを提供していきたいという考えもありますよね。今の話のように、何をプロダクトアウトするのかという考え方には、その会社の個性が表れますね。

久保田:はい、お客様に喜ばれるものを考えながらも会社やブランドとしての軸がブレてはいけないと思っています。

池田:何が望まれているのか、便利なのか、ワクワクするのかというマーケットインの視点も必要なのは業界に関わらずどこでも同じですが、和菓子は伝統がある分、軸となる大事な部分を守ろうという動きがしっかりしていると感じます。

久保田:我々は100年そこそこですけど、400年続いているようなところもありますからね。ただ、変化も当然ありますよ。例えば、バームクーヘン。昔はもっと硬い生地だったのが、今売れているのはシフォンケーキのようにふわふわしたものばかりです。硬いバームクーヘンを知らない若い方も多いでしょうし、大福だって餅をついてあんこを包んでいたのが、今ではもち粉で作るのでいつまでも柔らかくできています。
大福は朝生(あさなま)と言って、本来は朝作ってその日のうちに食べるものでしたから、私なんかは最近の大福に違和感があります。けれど、それが世間では喜ばれている現状を見ると、何を軸として守っていくべきかの線引きは非常に曖昧です。

一方で、頑固にこれが作りたいというものがあるのも魅力ですよね。どら焼きで有名な「うさぎや」さんは、どら焼きは出来立てが一番美味しいと言って売り方も店の大きさもそれに伴っていて、流石だなと思います。

池田:作り手と買い手の想いのせめぎ合いですよね。ものづくりにおいて、このマーケットインとプロダクトアウトのバランスが難しいのはどの業界でも同じかもしれません。決まった答えがあるわけでもなく、時代によっても変わってくるでしょうしね。

久保田:そうですね、私も息子がいますがもし継いだとして、どうなるかなんてわからないですからね。こうしろああしろとは言いたくないし、次の世代のことはわからないですからね。

池田:私はクラシックをずっとやっていましたが、クラシックって同じ曲が歴史をまたいで演奏されるじゃないですか。当然曲はもっと沢山作られてきたわけで、でも残っているのはわずかです。そして残ったものは、何万人何十万人って人が何回も演奏しているし、私も同じ曲を何回も聞いてその度に良いと思うわけです。

久保田:伝統文化と言われるものはそうですよね。クラシックはオーケストラや指揮者によっても違いますし。私は落語も好きですが、同じ話でも人によって全然違うなと感じます。

池田:そうですよね。人それぞれ解釈や好みはあれど、やはり多くの人から支持されるものは長く愛されて伝統として受け継がれてゆく。お菓子も同じなんだなと思いました。

やっぱり一番の資産は“人”

久保田:食に携わっているものとして今の時代に感じているのは、最近の人は耳で食べているのではないかということです。美味しい不味いは、本当は口や舌、香りで味わうべきですが、誰かが言っていたからこれは美味しいんだというように、自分のことよりも、誰かが運んできた情報を信用して美味しいかどうかを決めているように思えます。

池田:SNSの影響も強いかもしれないですね。良い意見も悪い意見もネットによって大きく広がり耳に入るようになりました。

久保田:そうですね。ポジティブもネガティブもどちらも広まるのは、必要悪でもあると思います。そもそも、ものの感じ方は十人十色ですし色んな意見がでるものです。

池田:人の話でいうと、少し話は変わりますが採用に関してはどうしているのですか。

久保田:新卒は毎年採用しています。しかし、内定を出しても入社時には全員いるとは限らないので、最近は中途採用の動きを強化しています。
直営店は6店舗、百貨店・デパートは26店舗あるのですが、うちは基本的に残業はゼロを推奨しているので、百貨店は休みがなくて営業時間も長い分、交代でシフトを組むことになり苦労する部分もあります。

池田:若い人は絶対数が減っている一方で、働きたいと考えている年齢の高い人は増えていますよね。

久保田:そうですね、若い人の中には就職しなくていいという考えの人もいて、私からするとそれは少し複雑な想いですね。

池田: 我々の業界は会社が沢山あるので、会社に求心力となる個性がないとなかなか人は集まってきません。ソフトウェアを作る上でも、原材料があるわけではないので人が唯一の資産と言えるでしょう。

久保田:うちでは製菓学校をでた人が職人になりますが、工場は場所が決まっているので販売職に比べて勤務地の融通が利かず、家庭の事情等で辞めてしまうこともあります。厳選した素材や工場があっても、それを活かすのは製菓のエキスパートである職人たちなのでそこは大きな課題ですし、我々製造業においてもやっぱり人が大事だと思います。

池田:その点も、ものづくりにおいては業界問わず共通する部分かもしれませんね。

久保田:そうですね。IT業界は若い人が多いイメージですが、いかがですか。

池田:うちは設立15年になり、会社の歴史とともに社員の年齢も上がってきましたが、中国・深圳に製造拠点を持つメーカーがグループに入ったり、国民平均年齢の低いベトナムにもソフトウェア開発拠点をつくったので、そこも含めると平均年齢は低くなっているかもしれません。

我々のように常に新しい技術が生まれてその中でものを作る仕事は、作り手に新しい知識が必要になります。若い人たちは新しい物事を柔軟に吸収する力を持っていますが、この吸収力の高い若い人と経験豊富なベテランがシナジーを発揮できることが理想であり、そのためのチームや組織をどのように作り、マネジメントしていくかが今後のテーマだと考えています。
年齢も含めて多種多様な人々が一緒に働いていく中で、人が資産であるからこそ、最大限のパフォーマンスを発揮できる環境を作っていきたいですね。

この度はお忙しいところ、貴重なお話をありがとうございました

おわりに
終始、和やかな雰囲気のもとおこなわれた今回の対談。お菓子から人材へと幅広いテーマで展開された会話の根底には、「何をどう変えるのか」という大きな問いが垣間見えます。
時に私たちは、変わらないものの中にこそ個性があると考えてしまいますが、同じように変わろうと決意した意志にもその人らしさ、その企業らしさというものが凝縮されているのでしょう。

「なぜ変わることを選んだのか」に目を向けてみると、その企業が本当に大切にしたいものの正体が見えてくるかもしれません。